何でこんな本が書けたんだ「日本の思想」
今回の本の著者、丸山真男さんは、私としては色んな本の中で何度も目にしていたとても馴染みの深い方です。そうであるにも関わらず、一冊も著書を読んでいなかったので、今回初めて手を伸ばしてみました。
とてもとても刺激的で、大好きな本になったのですが、とにかく難解でした!!!!!
本書は四部構成になっていて、最初の二つは論文で、あとの二つは講演の再録です。
私が一番好きになったのは、一つ目の論文で、書名にも使われた「日本の思想」という題名の論文です。
「日本人の考え方」の起源を探り、変遷を辿り、日本人に不足している点を痛快に指摘するのですが、その話が広範すぎてついていけない……。
ましてや、説明に出てくる理論やイデオロギーを読者が分かっている前提で話が進むので、恐ろしい書物になっています。
全体を通じてマルクス主義のことを分かっていないとまったく話が見えませんし、説明のとっかかりの本居宣長のことも、本居の思想を知っておかないと丸山が何を述べているかもわかりません。
はたまた、大隈重信や伊藤博文の書いた文がそのまま、漢文訓読体で引用されているし……。
断っておきますが、私はカール・マルクスも本居宣長も名前しかし知りませんし、漢文訓読体はなんとか読めますが、一部読めない箇所もありました。
こんな状態であったにも関わらず、丸山の説明はしっかり分かりました!
だからこそ、大好きになれたわけなんですが、実に不思議な話ですよね。
答えはAIです。分からない箇所があるたびにAIに質問したんです。
『本居宣長の布筒構造って何?』『マルクス主義の党派って何?』
読めなかった漢文訓読体『反之我国ニ在テハ』も、AIに聞いて
「これにはんし わがくに に ありては、だったのか!なんと初歩的な!」と悩みが氷解し、まるで家庭教師がついているかのようでした。
私のように不勉強な人間でも、こんな難解な本が読み解ける喜びたるや比肩するものがありません!
丸山の理論を簡単に言うと、日本人の思想の根本は神道の八百万の神に端を発し、確固たる根っこが無いという点がスタートになります。
こうした個人個人が思想の根が無い上に、その個人を取りまとめる「村」を登場させ、村という共同体の中で、みんなでまるでお神輿を担ぐように責任を分散させるというシステムがお上によって考え出されました。
そのシステムを考え出した政府自体も統治者をぼやかすことで運営されていて、上を見ても下をみても責任の所在が不明という日本らしさが生まれたのではないかという構造を丸山は見立てます。
これが丸山の言う「無責任の体系」の構造の根っこの考え方です。
これだけでも面白くってわくわくが止まらなかったのですが、本書の中ではこれをヨーロッパと比較したり、哲学的な考察を加えたりしながら痺れるような筆致で論が展開していきます。
確かに難解ではあるのですが、「言葉だけでこれだけのものを構築できる」という一つのお手本であると思います。
残りの三つのお話も面白いです。特に「『である』ことと『する』こと」は、民主主義の本質を突いていて、今の日本にこそ必要な議論だと感じました。でも、残念ながら第一論文の衝撃には及びません。
ぜひ皆さんも、AIと共に、日本の思想をご一読ください。丸山の桁外れな知識&論理構成力と共に、AIの知識の深淵さも体感できること請け合いです。「この時代に生きていて良かった」と、丸山と共に見てきた歴史的にも、AIの存在に対しても痛感することでしょう。
久しぶりに「読書の素晴らしさ」を味わえた大満足な読書となりました。
積ん読になっている『難しそうな本』がもしあるなら、
皆さんもAIと一緒に読んでみませんか? きっと新しい世界が開けますよ。
丸山真男著
岩波書店
1961年刊
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