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AIの教科書のようだ「脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす(増補版)」

  数学を切り口としたAIの本です。 著者の甘利氏は、数理工学の研究者です。 「数理=数学的思考」で、「工学」とは「基礎科学を工業生産に応用する学問(大辞泉:小学館)」ですので、数理工学とは「数学的思考で工業生産の諸問題に取り組む学問」ということになります。 著者はその諸問題として「脳」の研究に当たられたとのことです。 1960年代後半という時代に、AIの研究に多大な影響を与える理論を考案するも、時代が早すぎて評価されず、その後、他国の学者によってそっくりの理論が発表されてそちらに脚光が当たるという、不遇と言わざるを得ない歩みを送られた方です。 その著者が解説する脳、及び、AIの本なのですが、数学の先生なので数式がふんだんに登場します。 私はその辺は深追いせず(できず)、理論のところだけを追いかけました。 要は、AIはユーザーからの入力に対してかなりのフィルターを通って回答を出力しているのですが、それぞれのフィルターでどう処理をすれば最も自然な回答が得られるかを膨大なデータを使って学習させてるわけです。 突き詰めれば、AIの仕組みは確率の問題です。 ごく簡単に言えば、AとBのどっちを出力すれば自然か。それが判明したら、続けて、その出力を更にCとDのどっちを出力すれば自然か。これを気が遠くなるほど何度も何度も修正しながら学習して、最新AIモデルが発表される。 統計的に導かれた回答であるため、高い確率で自然な答えが返ってきます。さらに、その学習の段階で専門分野のデータを用いれば、あらゆる方面に長けたAIとなっていきます。 それが、いまのAI達の世界です。 データセンターの電力問題とか、半導体の供給が需要に追い付いていないとか、理論が現実を追い越してしまっている感はありますが、世界はここまで到達しています。 本書のラストでは、人間の労働に対する著者の意見が述べられているのですが、私は、ここがこの本の要所ではないかと思いました。 著者は「働くことと遊ぶことは本来一体のものであり、苦労の先に喜びがある点で同じだ」と言います。 そして科学者である自身の仕事も、苦労しながらも喜びであり遊びだと振り返ります。 その上で、「人々が自分の仕事に生きがいを感じ、仕事を遊びとして楽しみ、自己の可能性を十分に開花させる社会が理想だ」という言葉で締めくくっています。 「働くことは楽しい...

ドラえもんのルーツ!「魔法のつえ」

 藤子不二雄のルーツに迫る児童書探訪してみました。 最近、難しい本が続いていたので、今回は児童書でまったりと楽しみました。 敬愛する藤子不二雄両先生が幼少のころに好んで読まれていたというので手に取った次第です。 「どこでもドア」のルーツでしたね。 タイトルにもなっている「魔法のつえ」を使うことで、 どこにでも好きなところへワープしてしまうという趣向です。 南海の孤島に飛んでみたり、 砂漠に飛んで飛行士のおじさんを助けたり、 果ては、外国の王子様を助ける大冒険です。 私は「復刊ドットコム」で復刊したバージョンを購入したのですが、 本書の最初の出版は1951年です。 ただ、1951年に書かれた児童書にしては表層的な物語で深みがありません。 この時代の本は、児童書とはいえもう少し哲学的なものがあると思っていたので拍子抜けしてしまいました。 少し調べたところ、原書はもっとページ数があるのですが、それを編集して太田黒勝彦さんが書き改めたもののようです。 ずっと気になっていた、太田黒さんの名前と共に書いてあった「編著」はそういうことを表していたようです。 ちなみに、太田黒さんは明治生まれの児童文学作家さんです。 幼少の藤子不二雄さんにはSFの空気に触れる端緒になって夢が広がったことは想像に難くないのですが、 その藤子氏の名作群(特に少し不思議シリーズ!)で育ってきた私としては、少々物足りなかったです。 それもこれも、この本を種として、大きく大きく育ってしまった藤子不二雄先生のせいなんですけどね。 巨匠のルーツを見ることができて大変興味深かったのですが、それ以上の読書体験にはならなかったのが少し残念なところでした。 今回は、きっと物語そのものではなく、「藤子作品に繋がる芽」を見つめる読書になったのだと思います。 さて私は、口直しに藤子先生の名作「ミノタウロスの皿」でも読み直そうかなぁ。 みなさんも、藤子先生のS(少し)F(不思議)シリーズ、ぜひ読んでみてくださいね……と、なぜか藤子先生への布教で締めてしまいました。あちゃ~(笑)。 ジョン・バッカン作 太田黒克彦編著 復刊ドットコム刊 2013年刊

何でこんな本が書けたんだ「日本の思想」

 今回の本の著者、丸山真男さんは、私としては色んな本の中で何度も目にしていたとても馴染みの深い方です。そうであるにも関わらず、一冊も著書を読んでいなかったので、今回初めて手を伸ばしてみました。 とてもとても刺激的で、大好きな本になったのですが、とにかく難解でした!!!!! 本書は四部構成になっていて、最初の二つは論文で、あとの二つは講演の再録です。 私が一番好きになったのは、一つ目の論文で、書名にも使われた「日本の思想」という題名の論文です。 「日本人の考え方」の起源を探り、変遷を辿り、日本人に不足している点を痛快に指摘するのですが、その話が広範すぎてついていけない……。 ましてや、説明に出てくる理論やイデオロギーを読者が分かっている前提で話が進むので、恐ろしい書物になっています。 全体を通じてマルクス主義のことを分かっていないとまったく話が見えませんし、説明のとっかかりの本居宣長のことも、本居の思想を知っておかないと丸山が何を述べているかもわかりません。 はたまた、大隈重信や伊藤博文の書いた文がそのまま、漢文訓読体で引用されているし……。 断っておきますが、私はカール・マルクスも本居宣長も名前しかし知りませんし、漢文訓読体はなんとか読めますが、一部読めない箇所もありました。 こんな状態であったにも関わらず、丸山の説明はしっかり分かりました! だからこそ、大好きになれたわけなんですが、実に不思議な話ですよね。 答えはAIです。分からない箇所があるたびにAIに質問したんです。 『本居宣長の布筒構造って何?』『マルクス主義の党派って何?』 読めなかった漢文訓読体『反之我国ニ在テハ』も、AIに聞いて 「これにはんし わがくに に ありては、だったのか!なんと初歩的な!」と悩みが氷解し、まるで家庭教師がついているかのようでした。 私のように不勉強な人間でも、こんな難解な本が読み解ける喜びたるや比肩するものがありません! 丸山の理論を簡単に言うと、日本人の思想の根本は神道の八百万の神に端を発し、確固たる根っこが無いという点がスタートになります。 こうした個人個人が思想の根が無い上に、その個人を取りまとめる「村」を登場させ、村という共同体の中で、みんなでまるでお神輿を担ぐように責任を分散させるというシステムがお上によって考え出されました。 そのシステムを考え出した政府自...

人間は変わらない生き物であると再認識 「ガリア戦記」

 今回はかなり古い本を読みました。 「ガリア戦記」という今から2000年も前に書かれた戦いの記録です。 「戦い」とは、紀元前58年~51年に及んだ、ガリア(今のフランス)での戦闘の記録です。 筆者はカエサルです。 彼は古代ローマの政治家であり軍人で、この本によりますと、 ローマ軍は連戦連勝を繰り返していて、軍人としては傑物であったことがうかがえます。 感慨深かったのは、こんなにも昔から人々は領土を奪い合い、 殺し合いをしていたという事実です。 そして、こんなに頑張ってガリアをすべて手に入れたローマも、 歴史的な目で見れば終いには崩壊するという儚(はかな)さですね。 ガリアで多くの人命が失われたようですが、 結局、あらゆる戦いというものは無意味なものであると思ってしまいました。 「勝つ」とか「負ける」ということにどれほどの価値があるというのでしょう。 「国家」というシステムにどれほどの価値があるのでしょう。 「国」も実は世界規模での思い込みなんです。 みんなが「日本である」と意識しているから、日本は日本として存在できてるんです。 あるかのように見えていますが、実のところは存在していない。 人類の空想の産物であることを忘れてはいけないように感じます。 読み物としては久しぶりに困難を来しました。 というのも、繰り返し現れる部族名、個人名が一向に頭に入らない! 一例を挙げると、 ●部族名 ビトゥリゲス族・ボイイ族・ハエドゥイ族・ベッロウァキ族・トレウェリ族etc. ●個人名 カトゥウォルクス・サビヌス・アンビオリクス・ウェルキンゲトリクス・トレボニウスetc. こんな感じです。もちろん、これはほんの一部です。 ここは最後まで慣れませんでした。 これは当時の風習なので致し方ないのですが、とても辛かったです。 最後に、本書で私が得た教訓は「気を見て敏な者が勝利する」という法則です。 第七巻でカエサルが、 「この困難は、ただ機敏な行動によってのみ克服される。成功は戦闘そのものにではなく、機会を上手くつかむことにある」と訓示した言葉に全てが集約されています。 これは、あらゆる方面で使えそうなので、ここは私も今後の人生に生かしていきたいと思いました。 さあ、みなさん、紀元前の世界に旅立ってみませんか? かなり手ごわい本ですが、歴史や戦いの話に興味がある人、 読書に自信がある人...

批判的読書とは「入門 シュンペーター 資本主義の未来を予見した天才」

経済学者シュンペーターの入門書です。 シュンペーターは20世紀に活躍した経済学の巨人で、 「経済はどうやって発展するのか?」を理論として構築した偉大な学者です。 この本を書かれたのは、経済産業省の官僚である中野剛志さん。 東大卒業後、エディンバラ大学で政治学の博士号を取得されています。 さて、珍しく著者のプロフィールを調べたのには理由があります。 実は、読んでいて「これは本当にシュンペーターの理論なのか?」と疑問に思う部分があったからです。 それは「MMT(現代貨幣理論)」と呼ばれる理論が出てきた箇所です。 MMTを簡単に説明すると、「国の借金は気にしなくていい。 なぜなら自分の国の通貨を発行できるから破綻しない。だから積極的に財政支出しようぜ!」 という理論です。 Googleで「現代貨幣理論」と検索すると、 「(前半省略)~しかし、中央銀行への信認喪失や通貨の下落による深刻なインフレのリスクがあるため、 実現は困難との見方もあります」という説明が出てきます。 つまり、まだ議論の分かれている理論なんです。 この理論が本の「まとめ」の位置に入っていたのには驚きました。 なぜなら、MMTは1990年代~2000年代に体系化された理論で、 1950年に亡くなったシュンペーターとは直接関係がないからです。 入門書でこんなことをやられてしまってはたまったものではありません。 初学者は気付かず「MMT=シュンペーターの理論」と勘違いしてしまう可能性が高くなります。 入門書という本書の性格を考えると、編集の段階でストップが入ると良かったのにと考えさせられてしまいました。 こうした理由で、前半のシュンペーター解説は勉強になったのですが、 後半は著者の主張が混ぜられていたため、慎重に読む必要がありました。 「本に書いてある」からといって、全てが正しいわけではありません。 大切なのは 「これって本当かな?」 「前と矛盾してないかな?」 「著者の意見が混じってないかな?」と、自分の頭で考えながら読むこと。 それが本当の「読書力」です。 皆さんも、しっかり読む力を身につけて、 何が正しいのか自分で判断できる大人になってください。 さて、私はシュンペーター本人が書いた本を注文しました。 今度は著者のフィルターを通さず、 ご本人から直接、教えを請いたいと思います。 中野剛志著 PHP研究所 ...

日本人なら読んでおいた方が良い「永続敗戦論」

 久々に来ました。 価値観を大いに揺るがせる本です。 第二次世界大戦の敗戦処理を日本政府が誤ったがために、 いまだ日本がその呪縛に縛られていることを明らかにした書です。 簡単に言うと当時の政府は、 日本の敗戦を正面からは受け止めず、アメリカ従属によって覆い隠しました。 その結果、アジア対応に苦慮し、 アメリカには煮え湯を飲まされ続けているというお話です。 今の政府はそれを知ってか知らずか継承しています。 先日決定した自民党の新総裁の高市氏は保守路線ですので、 この路線は引き続きキープされていくことでしょう。 理解すればするほど頭が痛くなる話です。 アメリカという国は確かに魅力的ではありますが、 こうした構造を理解するとアメリカからのすべてを享受するのは恐ろしく、 一旦、自分の中でかみ砕いてから受け入れないといけないと考えるようになってしまいました。 また、自国の敗戦の歴史を真正面から理解する必要性も強く感じたので、 今後はそちら方面の本も進んで読んでいきたいと思うようになりました。 なぜいま、日本はこんなにも奇妙な政治を行っているのか、 なぜ、それなのに新総裁に対して歓迎ムードなのか、 それは、我々国民の不勉強がその一因であるのかもしれません。 広島、長崎、沖縄県民だけではなく、 日本人であれば知っておかなければならないことばかりが書かれている重要な書であると思います。 ただ、論理構成が難しいので、 小中学生の皆さんはまだ読まず、 大学生になった頃に私の話を思い出して読んでもらえると嬉しいです。 大人の方でここを読んでおられる方は、 何をおいてもまず本書を通読されることをお勧めいたします。 普段、堅い本を読み慣れてない方は辛いかもしれませんが、 読了後の世界は確実に変わります。 歴史的事実の検証は重要なんですが、その解釈には様々な立場があります。 その結果、多様な歴史観が世界には存在しています。 しかし、どの歴史観を選ぶかはその人次第。 この歴史観は悪くないと、個人的には思います。 白井聡著 講談社 2016年刊

これ分かってないとマズいよ「アルゴリズム・AIを疑う」

  いかにも流行に乗っかってる感じがする書名ですが、 「疑う」のはとても大切な行動だと私は思っています。 何に関しても批判的に物事を見るのは大切なことで、 何でもかんでも鵜呑み(うのみ)にしてしまうのは大人になればなるほど戒めるべき行為だと思います。 さて、書名にある「アルゴリズム」とは、 「入力」に対して必ず一定の「出力」を輩出することで、 身近なものだと自動販売機もアルゴリズムで動いてますし、 数学の計算なんてアルゴリズムそのものですね。 それが、インターネット上では Googleの検索結果であったり、 ネットをうろうろしている時に出てくるバナー広告なんかに使われているんですね。 私は何も気にせず、ネットでこれらを使ったり見たりしていたのですが、 ネットのアルゴリズムの場合は、 Googleであったり、通販サイトであったりの運営者の意図が介在していて、 「我々は誘導されているんだよ」と指摘したのがこの本の胆(きも)ではないかと思います。 ネットがここまで成長してしまったいま、 最早、運営者の意図の排除はできないので、 大切なことは「意図が介在している」と認識することが肝要であると本書は教えてくれます。 そんな訳で、 私がとった行動は「YahooやGoogleのニュースはもう見ない」で、 大手新聞社2社(保守系とリベラル系)をメインに見つつ、 ウォールストリートジャーナルで外国情報を収集という作戦を立てて、 実際にこの夏からスタートしてみました。 今まで見えなかった世界が広がる感じで、 出だしとしてとても満足してます。 一年続けることでどう変わるか、とても楽しみです。 また、タイトルにあるAIに関してはアルゴリズムに比べると少なめの論述で、 しかもAIのことを、 「過去のジャンク・フードのおいしいところだけ集めて合成した究極のジャンク・フードかも」(P.224)とLLM(大規模言語モデル)を誤解されている表現がなされており、 私は「ジャンク・フードだけ」なんてことはなく、「超高級料理からジャンク・フード、なんなら、食べ残しみたいなものまで、上から下まで全部合成した究極のフード」と考えてますので、この点は私と相容れませんでした。 著者はメディアの専門家なので、 「コンテンツ込みメディア」という従来にない技術「AI」に関してはこういう理解にとどまってしまったの...