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うまく生きたいのなら「孟子」

  「孟子」は紀元前に中国に実在した人物の名前であり、 書物の名前でもあります。 今回はそんな書物「孟子」についてです。 中学生が国語で学ぶ「論語」という本がありますが、 あの系統の本です。 このグループは昔から「四書五経」とよばれています。 全部で九冊(四冊の書、五冊の経)の本がグループの中に存在していて、 「できればこの順番で読んだ方が学び易い」という読む順番まで存在しています。 「孟子」はその「四書」の中の一冊で、 推奨されている四書の読む順は 「大学→論語→孟子→中庸(ちゅうよう)」と言われています。 念のため、私もこの順番通りに進んできて、 やっと3冊目終了です。 孟子の中で論語の話題が出てくることがあり、 読む順番がこういう所に活きてくるのかと考えさせられました。 内容は道徳のハードモードとでも言えばいいのでしょうか。 「人の嫌がることをしない」のような よく耳にする言葉の出所が孟子だと解って、 中国古典哲学の偉大さを改めて思い知りました。 孟子は「性善説(人は産まれながらに善人であるという考え方)」を唱えていて、 私個人も同様に考えていますので、 非常に馴染みが良かったです。 当然、反対の考え方「性悪説」もありますが、 こっちの考え方の人は相当に読みにくい本なのではないかと思います。 性善なのか、性悪なのか、 答えはないのですが、 性善と信じた方が世の中を生きやすいと感じてます。 性善説を学びたい方は是非ご一読を。 間違いのない一冊でございます。 小林勝人訳・注 岩波書店 1968年刊

しんどいマンガだ「タコピーの原罪」上下巻

「原罪」はキリスト教の言葉です。 詳しく述べると長くなるので簡単に言いますと 「全ての人間が産まれながらにもっている神様に背いているという罪」の事です。 タイトルからして重いのですが、 実際、重い、重い、重い漫画でした。 それでも、漫画としてこのような内容をここまで表すことができるという一つの痕跡を漫画史に刻んだことになったと思います。 SFを下敷きにはしていますが、 中心主題は人間と人間の間の負の連鎖です。 「ストレスのはけ口は常に弱者であり、 弱くなると諦念から無気力になり自死を選ぶことが多々あり救われない」という まぁ、言ってしまえば創作としてはありふれた主題なんですが、 陽キャラ「タコピー」を絡めることによって、 これまでのそうしたテーマの作品群からは抜きん出た作風となっています。 全二巻の短めの漫画でしたが、読んでいる最中は苦しくって 「早く終わってくれ」と思いながらページをめくっていました。 なんで苦しい思いをしてまで漫画を読むのやら。 こうした作品が出てくるまでに日本の漫画界が成熟しきっている証拠なんでしょうが、 世界に誇る「MANGA」の成長は歩を緩めません。 読み手をあの手この手で裏切るその手法はどこまで上り詰めるのでしょう。 正直、本作は万人受けとは思えません。 漫画が好きで好きでたまらなくって、 これまで浴びるほど読んできた方であれば面白く受け止めることができると思います。 しかし、少年、少女達は、もっと真っ直ぐな王道漫画を沢山読んだ後、 一種の下手物食いの気持ちで本作を一読することをお勧めします。 漫画の表現形式の一つとして面白い作品が生まれました。 これに触発されて、新たな作品が読めることを大いに期待しています。 陰鬱だけど素晴らしい。 今回はまったく、やられました。 タイザン5 集英社 2022年刊

エッセイの源流だ「エセー」

  「エッセイ」というジャンルがあります。 日本語では「随筆」と訳します。 このエッセイという言葉の元となった作品が今作「エセー」です。 古い作品です。 本国フランスでの初版は1580年です。 江戸時代が1603年からなので、 いかに古いかが分かるかと思います。 また、大作です。 岩波文庫で読んだのですが全六巻でした。 マンガではないので活字本の六巻は中々に手強いです。 しかし、全巻読破した後の清々しさは人生の宝物です。 肝心の中身はといいますと 作者モンテーニュが思うままにつらつらと、 主題毎に思うところをまとめるスタイルです。 ただ、その主題が人生の根っこに関わる重いものばかりで、 学んでも学んでも追いつきません。 上で「思うところ」とは書きましたが、 モンテーニュ自身がとんでもない読書家で その「思うところ」が哲学者裸足の意見です。 ちょっとやそっとの人間では刃向かうことができない聖人ぶり。 しかも人間としての生活をしっかり見据えての聖人なので、 よくある「隠遁しないと無理」ってタイプの聖者ではありません。 引き合いに出されるのが ソクラテス、プラトン、アウグスティヌス、セネカなどのお歴々やギリシャ神話。 こんなのたまったもんではありません。 モンテーニュは「借り物の意見」という風に述べますが、 賢者達の意見を否定することもためらわず、 しっかり自身の意見に昇華させています。 「こんな人がかつて生きていたのか」とため息が出ます。 こうありたいと思いながら、 今の自分を省みて恥じ入るばかり。 でも、それでこそ人生。 少しでもモンテーニュに近づこうとあがいていきたい所存です。 モンテーニュ著 原二郎訳 岩波書店 1965年刊

エリートじゃないけど学んだ「世界のエリートが学ぶマクロ経済入門」

  円安が進行し、金利は上がり、物価も上がっていく昨今の日本ですが、 これに伴って色々と不安になるような意見や記事を目にするようになってきました。 こうした人の不安を煽る話に対して 疑うことができず、すんなりと不安を覚えてしまう時は、 大抵の場合、知識が足りないからです。 今回、私はそうした記事や動画を読んだり見たりした時に 恥ずかしながら不安を感じてしまいました。 「これはいけない、勉強が足りない」と慌てて助けてもらったのが本書です。 邦題は相変わらず恥ずかしいタイトルですが、 原題は「マクロ経済の簡潔なガイド(A CONCISE GUIDE TO MACRO ECONOMICS)」です。 原題の通り、 本書はマクロ経済の全体を解りやすく簡潔に説明してくれる、 またとない優良ガイド本です。 為替レートとインフレ・デフレと貨幣通貨量の関係が 驚くほどすっきりと説明されています。 中央銀行がどのように考えて動いているのかも解るようになります。 これだけの知識が頭に入れば、 現在の日本を取り巻く経済状態のあらましが見えるようになります。 但し、マクロ経済の原則はあくまでも原則。 著者は、現実世界は残念ながら原則通りにはならない、と マクロ経済学の限界を認めます。 この姿勢をもつ人物は本物である可能性が高いです。 「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」 これは洋の東西を問わず真理を突いた言葉だと思います。 今のこの状況はコロナと戦争という「非日常の物事」に端を発しているので やはり原則通りにはならないと考えられます。 見通しはつかないし、予測もできませんが、 「どうしてこうなっている」とか 「日銀がどうしようとしている」といったような事は理解ができるようになったので、 冒頭の不安はほとんど消えてしまいました。 知識を持たずにオロオロすることは避けなければなりません。 解らなければ学ぶ。 そして、考える。 中3国語で学ぶ論語 「学而不思則罔、思而不学則殆」ですね。 (学びて思わざれば則ち罔し(くらし)、思いて学ばざれば則ち殆し(あやうし) ) 自分の頭で考える。 そのためには勉強をする。 両方揃って一つです。 世界は勉強の素材で満ちています。 さ、次は何を勉強しよっかな~。 デヴィッド・モス著 久保恵美子訳 日本経済新聞出版社 2016年刊

優しいマンガだなぁ「葬送のフリーレン」

今回の本は、マンガです! マンガを採り上げるのは初めてなんですが、 実はマンガも好きでよく読んでます。 今回の「葬送のフリーレン」はまだ完結していない、 絶賛連載中(週刊少年サンデー)の作品です。 サンデーにて連載中なので 大きなカテゴリーで言えば「少年マンガ」です。 少年マンガと言えば「熱さ」が売りのイメージですが、 それは「ジャンプ」「マガジン」連載作品お話で、 それに比べると「サンデー」は熱さが少ない作品が多いのが売りだと 個人的には思っています。 ※島本和彦、藤田和日郎など一部例外アリ 「葬送のフリーレン」は、 パーティー組んで、旅をして、敵を倒して、という 熱くなりそうなRPG的お話なのにやはり熱は少ない。 なぜ熱くならないのか? それは、本筋のストーリーが終わった後の 後日譚という設定だからだと思います。 メインストーリーでラスボス倒した後、 寿命の長いエルフであるフリーレンがどう生きるかという物語です。 ラスボスを倒した後の世界にもまだ残党がいて、 そいつらと戦ったりしてバトル漫画になりそうなんですが、 本作は主人公が曲者(くせもの)です。 主人公フリーレンは老成してはいる(実際かなりの老齢)が、 見た目はまだ若いということで 肩の力が抜けまくりの愛らしい性格付けにされているため、 どうやっても物語が熱くなれない設定です。 主人公が本気を出して熱くなりそうになったりもするのですが、 それは本筋ではないということで物語は熱を冷ましに向かいます。 こんなことを書くと面白くなさそうに聞こえますが、 出てくるキャラクター達がみんな活き活きしていて ほっこりしながら、ニコニコしながら、一気に読めてしまいます。 若い子には良さが解りにくいかもしれませんが、 かつて、マンガ少年、マンガ少女だった大人たちに読んでいただきたい良作です。 現在7巻まで出ています。 続刊が心から楽しみな心温まる大人のマンガです。 まだまだ完結は先になりそうなので、 ゆっくりのんびり楽しんでいきたいと思います。 出会えて良かった~。 山田鐘人原作 アベツカサ作画 小学館(週刊少年サンデー) 2020年連載開始

日本語を味わう「小僧の神様・城の崎にて」

ショーペンハウアーが 「読書について」 で述べた通り、 時間のふるいにかけられ残ってきた書籍は良書の可能性が格段に高い。 だから古い小説をたまに手に取る。 今回は志賀直哉の短編集を読んだ。 志賀直哉は日本史で名前が出てくるくらいの 近代日本を代表する小説家の一人。 暗夜行路が代表作。 暗夜行路はページ数も多く読むのが大変な小説だったが、 本書は短編集なので読み易かった。 但し、志賀直哉特有の文のキレは健在だ。 志賀の文は濃い。 隙が無い。 遊びが無い。 容赦が無い。 この人のように文が書けたらと思い、 読む度に襟を正される。 表題になっている「小僧の神様」はやはり面白かった。 (この作品にちなんで志賀直哉は「小説の神様」と呼称されている) 唐突な作者の登場による幕引きに驚いたが 「この手が合ったか」という優しい結末に頬が緩んだ。 同じく題名にも使われている「城の崎にて」も唸らされる随筆だった。 死という大きなテーマをたった10ページでまとめ上げる才能を私は他に知らない。 しかし、後半の数本は実話を元にした浮気の話で 文のキレは相変わらず良いのだが、 読んでいて楽しくなかった。 書くことが無くなって 我が身を切り売りしているかのようで悲しい。 創作を生業とする者の宿命ではあるけれど、 「それ」ばかりを続けられると疲れる。 ただ、その作品に出演させられた他の人々の感想が垣間見えて そこはとても興味深く読んだ。 この辺りのいわゆる「私小説」というカテゴリーは 読んでいて変な疲れが必ずつきまとう。 だからつい、読むのを後回しにしてしまうのだが、 今回は表題の二作に救われた。 キレのある日本語を学ぶには最適ながら、 内容的には重い、いかにも古典日本小説的な一冊。 自分の言葉の基準作りのためにも、 やはりこういう読書が私には欠かせない。 志賀直哉著 新潮社 昭和43年刊

いや、そういう訳では、、「タダでテレビに取り上げられる方法」

 こんなダイレクトな題名の本を読んだけど! うちの塾を取材して欲しい訳ではないですからねー!!! 「じゃあなんでこんな本を読む?」と問うあなた! 論理的に思考できてます。 この流れならそう、その通り。 読むはずないんです。 でも読んだということは、 私には他の理由がある証拠。 さて、それはと言いますと 「YouTubeへの投稿を今後長く続けるための ネタの発掘方法を学ぶため!」 でしたー!! そして学んだ。 良い本でした。 とても良い本でした。 テレビがこんなにもネタに飢えているとは知らず、 そして大変な学びとなりました。 特に「視聴者が食いつくネタ」の原理原則を学べたことがとても有り難かったです。 ここまで来たらあとは知恵です。 原理原則は分かったけど、何を撮ったものやら。 YouTube始める前から 「大変だぞ、こりゃ」と思案投げ首(結局テレビマンと同じ)。 でもこれでいいんです。 覚悟ができました。 でも、さて、何撮ろう~。 石田章洋著 日本実業出版社 2019年刊